なぜ方胸だけ露出させているのに道徳的なのか?絵画の謎を考えよう。&ファイトクラブ雑談。
今日も生きてます。
寒いので厚着をして布団やらマフラーやらを可能な限り体に巻き付けています。
もはや私の本体は私なのか布なのか悩むところです。
布だるま状態でファイト・クラブという映画を見ました。
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世間体や物欲に支配されている高給エリートサラリーマンの主人公「僕」が、正反対の考えと生き方をしているマッチョイケメンタイターと出会い、価値観が変わっていきます。
意気投合した二人は殴り合いをする「ファイトクラブ」を立ち上げ、その活動に賛同するものがどんどん増え、しまいにはタイターを筆頭にテロ行為まで行うようになります。
主人公「僕」は暴走するクラブとタイターを止めに躍起になりますが、そうこうしているうちにとんでもないことに気が付いてしまう。
というようなあらすじです。
お金(売り上げ)のために無駄な時間を削り生産性を上げ、好きでもないことに時間を費やし忙しく働き、得たお金で何をするかといえば、ブランド物や北欧の家具、調理なんてしないのに職人手作りの皿…などを悩み悩み購入する。
こんな主人公の「僕」にタイターが「ライフスタイルの奴隷だ」「ものに支配されている」的なことを言っていたのが印象的でした。
布だるまにも思い当たる節があったので胸にきました。
本当に欲しいものから目をそらして、他人と比べてそこそこの幸せに妥協して生きていると言えるのか!自分と向き合え!自分の人生を生きろ!
的なメッセージを受け取りました。
私も今日から夜な夜な一人ファイトクラブで血を流そうかな。
布でくるまれてるからどんなパンチでも余裕だぜ。
さて、余談が長くなってしまいましたが、「人騒がせな名画たち」(木村泰司著、マガジンハウス)を読んでます。
著者独自の視点から「人騒がせ」な作品を紹介している本です。
とても面白いです!!!
その中から今日はジャン=バティスト・グルーズが描いた「壊れた甕」を取り上げます。
ジャン=バティスト・グルーズ画「壊れた甕」1771年
作者は18世紀に風俗画家として大人気だったグルーズという画家です。
グルーズ画『自画像』1769年頃
当時フランスの美術界では、絵のテーマによってヒエラルキーがありました。
(上から権威がある順です。↓)
①「歴史画(宗教主題含む)」②「肖像画」
③「風俗画」
④「静物画」、「風景画」
美術の権威として存在していたフランスの王立彫刻絵画アカデミーで、静物画家や風俗画家として登録されると、格上の歴史画を描くことが許されません。
グルーズは最も権威のある歴史画家として入会しようとしたのに風俗画家として登録されてしまいました。
しかしそれが功を制したのか、グルーズの風俗画は大人気になります。
自分を認めないアカデミーの展覧会であるサロンを無視し、ファンに向けて作品を制作し続けます。複製なども出回るほど人気作家になり、名声を得ました。
グルーズの作品はかわいらしい少女像などが評判でしたが、絵の中には道徳的な意味や、寓意的な意味を含ませて表現していました。
グルーズ画「壊れた甕」1771年
「壊れた甕」からはどのようなことが読み取れるのでしょうか?
少女が持つ甕
湯船に浸かる日本と違い、ヨーロッパでは瓶に入った湯をたらいに注ぎ、布で体をぬぐうことが一般的でした。
そこから甕は身体の清潔さや聖母マリアの純潔を象徴するようになります。
よく見ると絵の中の少女が持つ甕は派手に穴が開いています。
純潔を象徴する甕が割れているということは貞節の喪失を意味しています。
ここからは個人的見解ですが、衣装が白くて花嫁衣裳のようですね。
それに加えおなかを抱えるポーズが意図的なので、身ごもったよー的なニュアンスも読み取れるような気がします。
そして一番気になるのがこの作品のどこが道徳的なのかという点です。
現代の私からしてみるとこの胸がはだけて乱れたドレスは乱暴されたあとみたいに感じられます。純真無垢さが強調して描かれてる美少女ゆえに心が(勝手に)痛いです。
他の作品でもグルーズは方胸露出させてるんですよね。
グルーズ画『白い帽子』1780年
今まで読んできた美術系の本でもモチーフが何を象徴しているかという説明はよく見かけますが、納得できないんですよね。
それでネットで調べていたら興味深いことを書いているサイトがありました。
神戸の時計宝石商アンティークアナスタシアさんのWEBサイトです。
取り扱い商品の中にグレーズの版画の作品があり、その解説の中にこの「方胸露出問題」に関係することが書かれていました。
アンティークアナスタシアさんの解説を頼りにこの問題を納得していきたいと思います。
〇なぜ胸を露出している絵画が道徳的なのか〇
ます、18世紀のフランスで絵画を購入する主な客層は貴族です。
絵を見る貴族がどんな暮らしをしていたか確認しましょう。
貴族たちの結婚は財産の保持が第一で、当事者の意思とは無関係にカップリングさせられ、愛情も伴わない上にものすごい年の差婚も普通のことでした。そこから貞操を守る必要がなく、不倫は当然の成り行きであったようです。
18世紀のフランスの貴族たちが好んだのはギリシア・ローマの画題でした。貴婦人たちは神話の登場人物に扮して肖像画を描いてもらっていたそうです。
ギリシア・ローマの神々は最高神ゼウスを筆頭に日常的に不倫をしていて、それは当時のフランス貴族たちも同じことでした。
そんな常軌を逸した享楽生活の中流行っていた絵画を見てみましょう。
ジャン・バティスト・ヴァン・ロー画「ガラテア凱旋」1720年
フランソワ・ブーシェ画「ヴィーナスの化粧」1751年
フランソワ・ブーシェ画「マリー=ルイーズ・オミュルフィ」1752年
以前ブログ取り上げた不倫の絵「ぶらんこ」も同じ時期です。
秘密の不倫を描いたむふふな名画!?フラゴナールの絵画「ぶらんこ」を読み解く。
フラゴナール画「ぶらんこ」1767年
神話という体裁で女性の裸は堂々と描かれていましたし、画題が軽薄なものもありました。ロココ時代はこのような作品であふれていたのかもしれませんね。
そこで同じ時代の画家グルーズの作品を見比べてみましょう。
確かに比べてみるとめちゃくちゃ道徳的に見えてきます。
まず描かれている美少女が純真無垢に表現されているし、ヴィーナスと比べたらなおさらです。気になっていた方胸露出も、ちょっとしか見えてないじゃん。ってゆう気持ちになってきますね。
当時の時代背景と環境からすると、この「方胸がはだけた表現」をした絵画は道徳的とみなされていたんですね。少し納得できました。
皆様はいかがでしたか?
ガッテンしていただけましたでしょうか?
今日はここまで
最後まで読んでいただきありがとうございました。
出典・参考
「人騒がせな名画たち」(木村泰司著、マガジンハウス)
神戸の時計宝石商アンティークアナスタシアさんのWEBサイト