この絵どんな意味?鈴木春信の作品をみよう!
今日も生きてます。
寿司、ピザ、カレー、焼肉…
一通り頼みましたよ。
テイクアウト。
美味しかった。
そしてしっかり肉となりました。
服を脱いでも何か着ているような体の厚みです。
しかし自粛要請が伸びるようですね。
もう私自粛要請終わるころには北の大将みたいになってるんじゃないでしょうか…
コロナ危機ですが、女性としての危機も感じています。
これから薄着の季節なのにな…
(でもアイスおいしい)
さて、少し浮世絵について復習です。
浮世絵
江戸時代の人々の生活を描いたジャンルの絵のこと
紅絵
墨で刷った版画に筆で着彩したもの。
錦絵が登場する前によく制作された。
水絵
輪郭線に墨を使わないで、藍の青や紅といった色を中心に摺り出した版画。
錦絵が登場する前に制作された。
錦絵
多色刷りの木版画。裕福な人々の絵暦交換のブームから生まれた。
東錦絵
絵暦交換会のために作られた作品を目を付けた版元(出版社)が、つくられた絵暦を一般用に売り出したときの名前。
江戸で販売されたために、地方からは「江戸絵」とも呼ばれた。
肉筆浮世絵
手作業で描かれた浮世絵。
なんだか名前がたくさん登場しますが、細かく見ていくとそれぞれ定義があるようです。
一つ一つ確認していくしかありません。
さて今日は鈴木春信の絵を見ていきます。
経歴などは昨日触れました。
上は若者同士の恋愛が描かれています。
鈴木春信の描く人間像は中性的で、お人形さんのようです。
上の絵、男女ですが、どちらもかわいらしいお顔で描かれていて、あまり差がありません。
生々しい表現というよりも可憐で優美な作風です。
真夜中、香りがするな~と思い香りの方へ灯りを向けます。
そうすると灯りに照らされた美しい梅が暗闇から顔を出します。
というような場面ですね。(おそらく)
絵暦として制作された作品です。
よーく見ると洗濯ものや女性の着物に数字や文字が記されています。
明和2年の大の月の絵だそうです。
浮世絵の中でこの力強い風の表現いいですね。
風のいたずらで女性の胸元がちらりと見えています。
(うふーん)
〇見立てとやつし
春信は吉原の遊女や、町で評判の娘など、美人画を多く制作しました。
それ以外に描かれたのが「見立て」と「やつし」です。
「見立て」は、複数の物を使って別のテーマを表現するもの。
「やつし」は、歴史上の出来事や古典を、同時代の風俗に沿って表現したもの。
この二つは江戸時代半ばには混同されますが、絵だけではなく、庭園や歌舞伎など様々な分野で行われました。
上の作品は小野道風(おののとうふう)を見立てて描かれた作品です。
(※能書家とは、書が上手な人のこと)
それまでの中国的な書風から和様書道の基礎を築いた人物と評されています。
小野道風の逸話の一つに、柳の枝に跳びついた 蛙をみて努力の大切さを悟ったというものがあります。
花札にもなっている逸話ですが、この逸話をモチーフにしている絵です。
上の作品は藤原定家(フジワラノサダイエ)の和歌
駒とめて
袖うちはらうかげもなし
佐野のわたりの秋の夕暮れ
(現代語訳:馬をとめて、袖に積もった雪を払い落とすような物影すらない。佐野の渡し場の雪の夕暮れどきよ。 )
という歌を見立て絵にしたものです。
よく見ると小さな文字で大小歴があり、もとは絵暦であったことがわかります。
〇見立 三夕
新古今和歌集に、「秋の夕暮れ」で終わる3つの和歌があります。
寂蓮法師、西行法師、藤原定家和歌ですが、それらは「三夕の歌」と呼ばれています。
上の作品と↓の二枚の絵はその「三夕の歌」をもとに描かれた見立て作品です。
上は「見立三夕 定家」で、藤原定家の和歌をもとにしています。
見渡せば
花も紅葉もなかりけり
浦の苫屋の秋の夕暮れ
(現代語訳:見渡してみると、春の美しい花も秋の紅葉も(ここには)ないことよ。海辺の苫ぶきの粗末な小屋のあたりの秋の夕暮れよ。 )
上は寂蓮法師(じゃくれんほうし)の和歌をもとに描かれたものです。
さびしさは
その色としもなかりけり
槙たつ山の秋の夕くれ
(現代語訳:寂しさは、特にその色だからといって感じるわけではないのだなぁ。色ではなくて、槙が立つ山の秋の夕暮れだから寂しさを感じるのだ。 )
上の作品は西行(さいぎょう)の和歌をもとに描かれたものです。
心なき
身にも哀れは知られけり
鴫立つ沢の秋の夕暮れ
(現代語訳:(俗世間から離れた私のような)趣を理解しない身であっても、しみじみとした趣は自然と感じられるものだなあ。鴫が飛び立つ沢の夕暮れよ。)
鈴木春信の作品は、 絵の主題を読み解く楽しみを見る人に与えてくれます。
作品の中に見立て絵の原典を示す題名が記されることはほとんどなかったようです。当時の人々が春信の絵を読み解くためには相当な教養が必要でした。
現代では何の見立てがわからなくなってしまった絵もあります。
春信は構想を練るときに「これはわかるかな~?」と楽しみながら考えていたのかなと思います。
今日はここまで。
最後まで読んでいただきありがとうございました