みんな美女におきかえよう!―浮世絵「見立て」の世界―
今日も生きてます。
さて、今日も昨日に引き続き「江戸の男装と女装」(渡邉晃著、太田記念美術館監修、青幻舎)を読んでます。
前回、前々回もこの本から取り上げました。
江戸で女装・男装の人物を描いた浮世絵というと、やはり歌舞伎の女形が多くあるようです。本中のほとんどが歌舞伎の作品という印象でした。
ですが歌舞伎の教養に欠ける私としては、歌舞伎役者の顔がクローズアップされた浮世絵は全て同じように見える…
ということで男装・女装とは少し違うかもしれませんが、今日は「見立て」の作品についてみていきたいと思います。
「見立て」とは、他のものに例えて表現すること
見立ての表現が浮世絵の中には多くあります。
その見立ての作品のほとんどが元の登場人物を美女にしたもの。
やっぱりみんな美女がいいんですね。
という事で今日は見立て作品を見ていきたいと思います。
〇費長房仙人
洪自誠 - Xianfo Qizong, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=63147743による
向かって右の人物が費長房。
費長房は後漢で不老長寿を求めて修行した人物。
費長房はもともと市場の監視役人を務めていました。
そして監視中に、売薬店の店主が日が暮れ店先に吊した壺に跳び入る姿を目撃します。
なんてこったとその店主「壺公」を訪れると、壺の中に招かれます。
そしてそこに建つ荘厳な御殿で宴会を楽しみます。
聞くと壺公はもう人間界を去るということ。費長房は自分も仙道を学びたいと思い、壺公のもとで修業します。
修行内容は省きますが、とても人間が耐えられるものではなく、仙人になることを断念します。仙人の壺公から力のある護符を授かって人間界に帰郷します。
帰郷後は修行で得た力と、護符をフル活用して社会のために尽くします。
日本で費長房は鶴に乗って移動するイメージがあり、費長房の見立ては鶴に乗っている女性で表現されることが多々ありました。
↑は鈴木春信「やつし費長房」
費長房が若い娘に置き換えられています。
元のイメージどこに行ったという感じですが、なかなか素敵ですね。
〇琴高仙人
古鉄 - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=25509355により引用
琴高仙人は周代 の仙人です。
琴が上手なのでその名前が付いたそうです。
ある日竜の子を捕らえてくるから待っててねんと弟子たちに言うと水の中に入り、戻ってきたときには鯉に乗っていました。
なので鯉に乗った姿で表現されます。
上の作品は琴高仙人が女性に置き換えられて表現されています。
仙人ってどんな姿か詳細が定かでない場合もあるので置き換えた方が表現しやすい場合もあったのかな
〇寒山拾得
尾竹国観(1880-1945) - yuichi's file, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=12373768による
寒山拾得は唐の禅僧です。
天台山国清寺の豊干禅師の弟子でした。よく禅画の画題になり、多くの絵師が描いています。森鴎外の小説にも寒山拾得についての話があります。
そして二人とも奇行が多かったと言われています。
寒山は痩せこけて樺皮の冠をつけ、破れた服を着て大きな木の靴を引きづっていたそうです。拾得は寺の護伽藍神廟のお供えが鳥に荒らされるのを見て、食べ物さえ守れないお前に伽藍が守れるかと神像を殴り倒すという奇行をして僧たちをビビらせました。
絵としては二人が一緒に描かれることが多く、詩が得意だった寒山は巻紙を持ち、寺の掃除などをしていた拾得は箒などを持って描かれます。
二人とも乱れた髪に童顔で異形の異相で描かれることが多いです。絵師的にはおそらく寒山拾得の気持ち悪さをどう表現するかが腕の振るわせどころの画題です。
↑は寒山拾得を若い男女に置き換えて表現した絵。
もはや普通の風景ですね。
他の作家の遊女バージョンも発見しました。
寒山拾得の異形の顔の作品を部屋に飾るのもいいですが、上の作品のように遊女でありつつ寒山拾得の見立ての絵だと、お洒落で上品で知的な感じがしなくもない。
「見立て」は元の画題の作品も見飽きたぜという文化人が、こういうのもいいと楽しんでいたのかなと思います。
次回に続きます。