間が開いてしまいましたが、2020年も元気に生きています。
今年もブログでは美術史関係を中心に勉強していきます。
おつきあいよろしくお願い致します。
そしてPCの制作に手間取っています。
しかし楽しいです。
もっと他に進めたいこともあるのですが(撮影とか撮影とか撮影とか)、この絵が完成するまでPCの前から動けない状況です。
お正月ボケも激しいので早寝早起き整理整頓清潔適当などを思い出して規則正しく生活していきます。
さて、美術史の続きです。
①飛鳥時代の美術
②平安時代の美術
ラグジュアリー納経&平安美術ー優美さと装飾の極みー - リアル絵描き日記
と続けてきて、今日は鎌倉時代です。
ここら辺の時代の芸術品は、基本的に権力者の嗜好品のような側面もありますので、どんな人間がトップに立つかで作品の雰囲気は変わりますね。
器用な作家は時代に合わせるし、その時代にあった作家が権力者に寵愛されるのかなと思います。
〇鎌倉の時代背景
鎌倉時代は武士の時代です。
(実権は幕府だが朝廷は存在。)
巷では、念仏を唱えれば誰でも極楽浄土へいけるという、浄土宗(法然)、浄土真宗(親鸞)が流行る。
(きつい修行する余裕がある人間ばかりではない。)
秋田の実家は曹洞宗らしい。
…私自身座禅を組んだ経験はない。
〇鎌倉時代の美術
今までの貴族が好むような優雅で装飾的な表現よりも、武士好みのリアルでわりやすい表現の作品が多い。
↑は法然が創建した金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)にある「山越阿弥陀図」(やまごしあみだず)です。
ッパ――――ァアアア!!!
と、効果音をつけたくなるような阿弥陀如来です。
なんだか鎌倉時代の昔に描かれたと思えないくらい目を引く構図と表現です。
どのような場面が描かれているかというと臨終の際に阿弥陀様が山を越えて迎えに来てくれているところです。
阿弥陀様の光輪が、山に落ちる月や太陽に見えませんか?(みえんか。)
このような山を越えてくる阿弥陀様の画題は鎌倉時代ごろから描かれました。
というのも、念仏を唱えていれば臨終の際に阿弥陀様が迎えに来てくれるという教え(来迎:らいこう、らいごう)があったからです。
この阿弥陀の手を見てみると、糸がくっついていることがわかります。
これは臨終の際に、この屏風の阿弥陀様からつながった糸を持つことで、安心して旅立てるように使われていたからです。
臨終の際に阿弥陀様が迎えに来てくれる「来迎」は、平安時代から描かれていましたが、鎌倉時代になると、とかく早く来てほしい!という願いを反映してか、スピード感あふれる阿弥陀来迎図が描かれます。
不明 - The Art of East Asia, Cologne, 1999, page 505, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7846749による
↑は京都の知恩院(ちおんいん)にある「阿弥陀二十五菩薩来迎図」です。
右下にはこの作品の発注者かと思われるお坊さんっぽい人が描きこまれています。
(※個人的推測。キリスト教でも作品に発注者が描きこまれている作品もあるので何かに救われたい人間は同じことをするのかもしれない。発注者とかかわりの深い人物という場合もある。)
〇溢れる筋肉美・運慶
Chris 73 / Wikimedia Commons, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=60936による
↑は東大寺にある「金剛力士像:こんごうりきしぞう」です。運慶作です。
運慶は力強い彫刻で武士から寵愛されました。
ジョジョに通ずるセンスを感じるのは私だけでしょうか?
今泉篤男 et al. - Nihon no Chokoku 6 - Kamakura Jidai (Bijutsu Shuppansha 1953), パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=18895570による
↑も運慶の作品で「無著像」。
釈迦の弟子が彫られているらしいが、リアルです。
昔の人も今の日本人と同じような顔の造形だったんだな~
〇高貴すぎて顔出しNG「春日明神影向図」
↑は高階隆兼の「春日明影向図」(かすがみょうじんようこうず)です。
何が描かれているかわかりますでしょうか?
私は最初雲の隙間から車が見えるな~程度の認識でした。
実は日本の神様である「春日神:かすがのかみ」が描かれた作品です。
実は車の中に春日明神がいて、顔部分が雲で隠れています。
この作品が描かれた経緯は、当時関白であった鷹司冬平が、「束帯を着けた春日明神が車に乗り、銀につつまれた書を授けてくれる」という夢を見たから描いてくれ、というもの。
仏は様々な姿で表現されたものがありますが、日本の神様はどう表現するのがいいか…悩んだかどうかはわかりませんが、依頼を受けた絵師・高階隆兼は最終的に顔を隠すという手法を選択します。
結果的に謎が深まる作品に仕上がっています。
体は隠さなくていいのね…
平安時代には物語の貴族の世界を描いた源氏物語絵巻がつくられましたが、鎌倉時代には戦う武士たちが描かれた平治物語絵巻などがつくられます。
貴族が好むものと武士が好むものの違いが、残された作品でよくわかりますね。
今日はここまで。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
参考
マンガでわかる「日本絵画」の見かた 誠文堂新光社 矢島新監修