リアル絵描き日記

画家明石恵のブログです。

人魚雑談ー東西人魚と人魚のミイラー

今日も生きてます。

 

ディズニーのリトルマーメイドの印象が強いせいか人魚は美しい美女というイメージがあります。

 

ですが日本の幻獣図譜を読んでいると、美しいとは形容しがたい絵やミイラとして人魚の姿が残っています。

 

自分がどんなに固定観念を持っていたのか思い知らされます。

おなかがせり出ている人魚や肌が荒れ気味の人魚とか想像できなかったな。

(ただし描きたいとは思わない)

 

人魚のミイラは主にサルの上半身と魚の下半身(?)を結合させてこしらえているようです。

 

興味深いところは、それをイギリスに輸出していて、あまりにも大量に輸出していたために輸出された現地で値段が下がり始めたというような内容の新聞記事が残っているところです。

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イギリスの象徴主義の画家たちが描いた文学や伝説上の存在・ギリシャ神話の女神たちって超美女として描かれています。

 

私は絵画で人魚というとウォーターハウスの作品が思い浮かびます。

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ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスによる人魚(マーメイド)の絵画(1900年)

 

↓は下半身が無かったからずっと人魚だと思っていたけど厳密にはニンフらしい。

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ヒュラスとニンフたち 1896

もし私が男性で、こんな美女がたくさんいる池を目前にしたら躊躇なく飛び込みますね。(そして泡になる…本望!)

 

ウォーターハウスもイギリスで制作活動をしています。

なのでヨーロッパの中で人魚というとこのような美女で誘惑してくるものという認識だと思うのですが、そこの土地に日本の人魚のミイラ↓

 

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イギリス人は同じ人魚として認識していたのだろうか…

アジアの人魚は目に優しくないな~という感想を持ったのではないか

 

ていうか日本の人魚毛が生えてる(涙

 

 

 

 

 

今日はここまで。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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日月山水図屏風って何が描かれているの?

今日も生きてます。

 

話題の映画「ミッドサマー」と「パラサイト」が気になっています。

 

けど映画館でホラーを見る勇気はない!

大画面怖い。

 

DVDがでるのを待ちたいと思います。

 

 

さて、今日も『マンガでわかる「日本絵画」の見かたー美術展がもっと愉しくなる!ー』(監修矢島新、イラスト唐木みゆ、誠文堂新光社)を読んでいます。
 

 

安土桃山時代室町時代は、前回まで紹介してきた渋い水墨画と同時に、色彩豊かなやまと絵も描かれた時代です。

 

※やまと絵…中国風の作品である唐絵などに対して、日本の風景や風俗を主題とした作品。一般に豊麗な色彩や装飾の表現が多く,日本的な感性や美意識に訴えかけるような場合を指すことが多い。 

 

 

 

今日紹介する作品は、作者不詳ですが、やまと絵の流れをくむものです。

 

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↑は「日月山水図屏風」(六曲一双。各縦147.0×横313.5cm。) です。

 

室町時代に描かれた作品で、大阪府金剛寺にあります。

 

密教の後継者を決める儀式でこの屏風が使われたと伝えられています。

 

 

 

この作品を見てどのような印象を受けますでしょうか。

 

 

とりあえず描かれているモチーフは自然かなあ?

正直よくわからないが迫力は感じる。(もこもこしているのは山?)

 

というのが私の正直な感想。

 

 

 

重要文化財にもなっている日月山水図屏風。

 

何が描かれているのか見ていきましょう

 

 

 

 

〇季節

 

屏風の中には春夏秋冬「四季」の表現があります。

 

 

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春夏秋冬が循環している構成です。

 

 

 

 

 

〇モチーフ

 

雲・滝・三日月・紅葉・海

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雲・海・太陽・松・桜

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夏と秋、冬と夏

の間にがあります。

 

秋と冬の間には

春と夏の間には太陽

が配置されています。

 

これは万物を説明する陰陽五行説を元にしたものという説があります。 

 

見えたままの風景ではなく、時間や空間をデザインし、全世界を一つの作品に落とし込めているところが評価されている特色です。

 

 

有名な作品の中には技法が巧みに見えないけれど高い評価と価値を有しているものもあり、鑑賞するものを悩ませますが、表現していることが崇高であったり、雄大であったりする場合があるのかなあと思います。

 

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました

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雪村について知ろう(雪舟ではないぞ

今日も生きてます。

 

前回は雪舟についてでした。

 

水墨画界のスーパースターなので、いろいろと知っておいても損はないと思います。

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雪村自画像(重要文化財) 大和文華館蔵

雪村 Sesson Shūkei - 成瀬不二雄『日本肖像画史 奈良時代から幕末まで、特に近世の女性・幼童像を中心として』中央公論美術出版 2004年, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=6662947による

今日はそんな雪舟を尊敬していた雪村(せっそん)を取り上げます。

 

雪舟のことを尊敬していたために「雪」の一文字を自分の作家名に入れたんでしょうね。

 

 

しかし自画像の顔よ。

 

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汚れてるのか…暗く感じます。

手元もけだるげだし。

 

全体的にアンニュイな雰囲気。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇雪村の人生

 

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風濤図(重要文化財)野村美術館蔵

Sesson Shukei - La peinture japonaise - Les trésors de l'Asie - auteur: Akiyama Terukazu - éditeur: éditions Albert Skira – Genève - langue: français - année: 1961 - pages: 217 - passage:117, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=15565187による

 

常陸国茨城県)に武家である佐竹族の長男として生まれます。

 

幼くして佐竹氏の菩提寺の正宗寺に入って修行します。

 

正宗寺は絵画をはじめとした多くの寺宝を所蔵していて、雪村の画業にも影響を与えたかもしれません。

 

 

そして時は流れて雪村50歳半ば。

 

関東各地を放浪します。

 

その間何をしていたかというと、

 

 

1546年会津陸奥国の大名に絵画の鑑賞法を授けたり、1550年には小田原や鎌倉を訪れ、多くの名品に接し画僧達と交流したりしていました。

 

 

 

60歳半ば以降は奥州(岩手)を中心に活動しました。

 

 

最晩年は陸奥国の大名の庇護のもと現在の福島県の郡山にある庵に移り住み、そこで亡くなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

〇雪村の作品

 

 

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呂洞賓図(重要文化財)大和文華館蔵

Sesson Shukei - L'Empire du regard – Mille ans de peinture japonaise - éditions Phébus, Paris - auteur: Maurice Coyaud - langue: français - mois: novembre - année: 1981 - pages: 256 - isbn: 2859400397 - passage: 135., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=15565409による

 

雪村はほとんど独学で絵を学びました。

 

江戸時代は尾形光琳、明治時代以降は、橋本雅邦や狩野芳崖らに影響を与えます。

 

個人的にはやはり人物が描かれている作品が好きです。

 

なんか少年漫画の一場面みたいな絵ですよね↑

必殺技が繰り出されていそうだ・

 

 

 

 

 

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「琴高仙人・群仙図」重要文化財

 

↑は仙人が描かれた作品です。

 

雪村は仙人を好んで描きました。

 

描かれている仙人は中国に伝わる琴高仙その弟子たちの話です。

 

絵画作品には暗黙の形式が(暗黙ではないか)が多いものですが、この仙人の話をこのような構図で描いたのは雪村オリジナル。

 

やはりマンガっぽくて個人的に人物画好きです。

 

 

 

雪村は名前に雪をつけるほど雪舟を尊敬していましたが、絵の表現自体に雪舟の影響はありません。

 

好きな作家と自分の表現が違うこともあり、気になるクリエイターの好きな作品や尊敬する人を知ると本人とのギャップに驚くことありますよね。

 

 

 

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました

 

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雪舟について知ろう

今日も生きてます。

 

日本で水墨画の作家というと「雪舟」です。

美術興味無い人からすると、教科書に載ってる雪舟水墨画以外見ることないかもしれません。

 

以前ブログで雪舟について触れたことはあったのですが、もう少し深堀りしたいので、今日もまた雪舟を取り上げたいと思います。

 

おつきあいよろしくお願い致します。

 

 

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雪舟自画像(模本、重要文化財藤田美術館

不詳 unknown - 雪舟<新潮日本美術文庫 1>, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=6710708による

↑は雪舟の自画像を模写したものです。(室町時代)

 

静かそうな人ですね。

水墨画は禅の修行の一環だったので、筆を極めた雪舟は禅の領域でも悟りに境地にいたのかもしれません。

 

ケルトンな帽子がおしゃれ。

 

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雪舟『四季花鳥図』(東京国立博物館)

 

 

 

雪舟の生涯

 

 

雪舟ー人生の初期ー

雪舟室町時代に活躍しました。

 

1420年に備中国(岡山県)の武士の家に生まれます。

 

幼い頃自宅付近の宝福寺に入り、後に11歳になると京都の相国寺で禅の修行(&絵の修行も)始めます。

 

有名な逸話の一つにこんなものがあります。

 

幼い日の雪舟が、絵ばかり描いて他の修行をしなかったので、寺の僧が雪舟を仏堂の柱にしばりつけます。

しかし雪舟は床に落ちた涙を足の親指につけ、床に鼠を描いていました。

僧はその見事さに感心し、雪舟が絵を描くことを許しました。

 

事実かどうかはわかりませんが、雪舟が幼いころから絵に興味を持っていたことがわかります。

 

当時文芸で身を立てるには寺に入るのが唯一の道であったそうです。

 

 

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『山水図』(拙宗、京都国立博物館

 

 

雪舟ー人生の中期ー

実は今ではめちゃ有名な雪舟ですが、30代半ばまではあまり派手な活躍はしていませんでした。

 

45歳ごろに守護大名大内氏の庇護のもと周防国(山口)にアトリエを構えます。

 

このころから「雪舟」と名乗るようになります。

 

その後48歳(1467年)になると明へ渡り、本格的な水墨画を学びます。

 

雪舟の弟子への便りの中に、

「明の画壇に見るべきものはなく、日本の詩集文や叙説を再認識した」

とあり、明の時代の画家よりも宋・元時代の画家を学びました。

 

そして50歳(1476年)で日本に帰国。

 

日本に帰国した時は応仁の乱の最中でした。

 

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四季山水図(山水長巻)(毛利博物館)

 

雪舟ー人生の後期ー

 

その後は大内氏に仕え、絵を描いたり、庭をつくったり、活躍します。

 

様々な名作を残し、87歳(1506年)に亡くなります。

 

 

 

雪舟ー死後の評判ー

 

江戸時代、狩野派雪舟を師と仰いだことで大名が雪舟の作品を求めるようになります。そうして贋作も数多く出回るようになり、今では水墨画の巨匠として不動の地位に君臨しています。

 

 

 

 

 

 

雪舟の風景画

 

 

↓の作品は国宝の「秋冬山水画」です。

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雪舟は奥行を感じさせる構図を使用しつつ、実際とは異なる風景を墨の濃淡で表現しています。

 

 

 

また、大内氏のお抱えの絵師であった雪舟は、絵を使って他国の情報を伝える役目もありました。

 

そう、雪舟はスパイ的な役割もあったんですな。

 

↓は国宝「天橋立図」

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大内氏の命を受けた雪舟が実際に歩いて情報収集した土地を頭の中で再構成して俯瞰した図を描いています。

 

すごく難しいことだと思います。

 

紙にはたくさんの継ぎ目や書き直しがあり、本作ではないことがわかります。

 

 

 

 

 

個人的に雪舟の作品は風景より人物画の方がやはり好きです。

 

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『慧可断臂図』(斉年寺)

かっこいいですな。

しびれるぜ。

 

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

日本の水墨画アートシーン(?)に影響を与えた画僧

今日も生きてます。

 

「日本の幻獣図譜 大江戸不思議生物出現録」を読んでいますが、幻獣のミイラをご神体として拝んでいた寺が廃寺となり、ご神体が流れて見世物小屋などで見世物になっていたそうです。

 

作り物とはいえ、拝まれていたものが俗世で晒される感じが何とも言えません。

 

また、見世物小屋では小さな犬に甲羅をつけて、河童と称して見世物にしたり、樽に水を溜めてそこに河童の頭部のようなものを浮かせ、下から紐で少し動かせる仕組みをつくって見世物にしていたりしたそうです。

 

子供は面白がっていたのかなあ。

 

 

 

 

さて、今日も『マンガでわかる「日本絵画」の見かたー美術展がもっと愉しくなる!ー』(監修矢島新、イラスト唐木みゆ、誠文堂新光社)を読んでいます。

 

昨日は墨で描かれた作品すべてを水墨画と呼ぶわけではなく、墨の線だけで描かれた絵巻物(例:鳥獣戯画など)は、「白描画(はくびょうが)」と呼びます。

 

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禅の修行の一環として輸入された水墨画は、西洋画のように本当の世界を写実的に表現するのではなく、描き手の主観的な精神世界を表現するものになっていきました。

 

↓は可翁(かおう)という僧侶が描いた「竹雀図(しょうちくず)」です。

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竹雀図(重要文化財、大和文華館蔵)

Anonymous painter of the Nanbokucho period - http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=151231, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=33549477による

 

画面スッカスカ~と思うかもしれませんが(私だけ?)、これは「間」であり、「空間」です。

 

上にもう一匹雀が描かれていたという説もあります。

 

上の葉と下の葉に墨の濃淡で色の差がつけられているのがわかりますね

そうすることで奥行(濃い葉=近い 薄い葉=遠い)を表現し、画面から空間がより感じられるようになります。

 

重要文化財に指定されています。

 

可翁水墨画が日本に入ってきた初期に活躍しました。

 

↓の作品も可翁(かおう)の作品、国宝です。

 

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寒山図(国宝)

Kaō Ninga (可翁) - [1], パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=8367062による

 

 

鎌倉時代南北朝時代(14世紀ごろ)が日本の水墨画の初期とされます。

 

その頃、日本で大変評判の良かった中国の絵師牧谿もっけい)」がいます。

 

牧谿もっけい)は、13世紀後半、南宋の僧です。水墨画として評判がありました。中国では死後忘れられていったそうですが、日本の水墨画に大変影響を与えました。

 

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漁村夕照図(国宝 根津美術館蔵)

Mu-ch'i - The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=155954による

 

 

おそらく今日本で水墨画の巨匠として伝わる人々(長谷川等伯や、可翁も…)皆牧谿もっけい)の作品と必ず接していますし、大変影響を受けています。

 

日本では贋作が多く出回るほど人気であったそうです。

(特にサルは人気だったそうです。)

 

現代の日本の私たちが思う「水墨画」の源はここにあるのかなと思います。

 

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観音猿鶴図

Muqi Fachang - [1], パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7906513による

 

 

昔の作品を知るときに当時の作家を取り巻く環境がどんなものであったかを知ることができると、当時の価値観を把握できるので作品理解につながりますね。

 

 

 

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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墨で描かれた作品すべてが水墨画というわけではない

今日も生きてます。

 

世界の地獄と極楽がわかる本(PHP研究所、田中治郎著)を読んでます。

 

古代インドや、メソポタミア、中国…などなど、世界の人々が想像した極楽や楽園の様子を浅くですが知ることができます。

 

死後に審判を受けた後に行く極楽は、現世での幸せを楽に堪能でき・苦しみが無くなったところが多いのかなあと思います。

 (そもそも地獄に比べて天国の描写は少ないのかもしれません。)

 

人間のしあわせって、所や時代が違っても同じようなものなのでしょうか。

 

仏教の悟りは違うようです。

そもそもそのようなに行きたいこと自体が煩悩にまみれているように感じるし。

 

もう少し読み込んで内容を細かく把握したいと思います。 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今日も『マンガでわかる「日本絵画」の見かたー美術展がもっと愉しくなる!ー』(監修矢島新、イラスト唐木みゆ、誠文堂新光社)を読んでいます。

 

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水墨画のビッグネーム雪舟の作品、秋冬山水図のうち冬景

パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=580756

 

 

 

前々から思っていたのですが、水墨画って具体的には何を指すのでしょか?

 

私は墨で描かれたものが水墨画だと思っていましたが、それは少し認識が間違っているようです。

 

ということで今日は水墨画ってどういう作品を指すのか、というお話です。

 

 

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松林図屏風 長谷川等伯東京国立博物館、国宝)

長谷川等伯 - Emuseum, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=139746による

 

 

すばり水墨画とは何を指すかですが、水墨画とは主に墨の濃淡や筆のタッチで描かれた作品です。

 

中国の唐の時代に水墨画は成立します。

 

日本には鎌倉時代に禅僧と共に水墨画が入ってきます。

なぜかというと水墨画を描くことは、禅の修行の一つだったからです。

 

 

 

しかしその前から墨自体は日本にあり、その墨によって絵が描かれています。

 

有名な作品としては、鳥獣戯画枕草子絵詞があります。

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鳥獣人物戯画

 

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「無名といふ琵琶の御琴を」の段(第89段)。帝が定子のところへ琵琶を持ってきた場面。

 

 

 

 

墨で描かれるのが水墨画という認識ですと、上の作品も水墨画になってしまいますが、上のような作品は水墨画とは呼ばず、「白描画(はくびょうが)」と呼びます。

 

墨の線だけで表現されているものを「白描画」と称します。

 

 

 

墨の線だけで描く「白描画」に対して、「水墨画」はぼかしやぬりが表現としてあります。

 

また、中国から輸入されて日本に入ってきたので、水墨技術を使った絵という意味プラス広い意味で、中国風の絵ということを指す場合もあるようです。

 

 

禅の修行として描かれていた水墨画は、世界を見えるようにではなく、表現者が物体の本質を知覚的・主観的に捉えたもののみが描かれ ています。

 

 

水墨画って間が広く感じますが、見えるものを描こうとしているわけではないからなのかな…?

 

 

水墨画が何回か続きます。

 

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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おようのあま絵巻

今日も生きてます。

 

幻獣についてもう少し知りたいなあと本を二冊借りたら同じ著者:湯本豪一さんでした。

 

妖怪研究家&妖怪絵のコレクターで、広島の三次に、湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)を創設されてます。

 

見たいけど広島は遠いな…。

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さて、今日も『マンガでわかる「日本絵画」の見かたー美術展がもっと愉しくなる!ー』(監修矢島新、イラスト唐木みゆ、誠文堂新光社)を読んでいます。

 

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今日は「おようのあま絵巻」について取り上げます。

正直この本でみるまで知らなかったのですが、室町時代に流行した御伽草子の一つを絵巻物にしたもののようです。

 

 

絵はゆるいです。

 

この絵に対する副題で「ー素朴を武器にした表現ー」と称されていてなんだかおかしかったです。

(多分この素朴さは絵描き自覚症状ナシだと思う)

 

内容もゆるさの極みです。

 

 

ざっくりあらすじを紹介しますと、

 

 

時は室町時代の京都。

 

内裏や貴族・大名の館の女房たちの御用を聞き、薬や香、扇などの小間物や古着を売り歩く「おようの尼」(老尼)がいます。

 


ある日、おようの尼は念仏に誘われ草庵へ入っていきます。

売り物の入った大きな袋を傍らに置き、草庵の縁側で休ませてもらっていました。


そこへ念仏を唱えていた老僧は事情を聞き、「茶を飲み静かに休み給え」と声をかけます。

 

老僧は当時薬としても飲まれていた茶を尼に振舞いました。

 

優しくしてもらったおようの尼は、お礼に身の回りの世話をする若い嫁を紹介すると言ってしまいます。

               

数日後の夜、おようの尼は若い女性の装いをして老僧の元を訪れます。

 

老僧は気づかず、嫁が来たと有頂天になって盃を進めます。


そして夫婦のかための盃ごとをし、おもてなしの心を託して茶をいれました。


その後二人は一夜を共にします。

夜が明けて老僧はすべてを悟ります。

                


その後二人は念仏を唱えて心やすらかに暮らしました。

 

 

老僧途中気付かんか?と思いますが、なんだかゆるくていいお話です。

 

 

話がこのゆるさなら絵もゆるくってちょうどいいかも。

 

 

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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