リアル絵描き日記

画家明石恵のブログです。

眠り姫



今日も生きてます。

 

昨日のブログのなかに出たバーン=ジョーンズの眠り姫です。


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いばら姫のシリーズを何枚も描いたそうです。眠る姿に興味を持っていたようです。

シリーズ全点に登場する人物は27人で、起きているのは最初の王子様だけです。

 

あとにか描かれた眠り姫は画家は細心の注意を払って描いています。

 

このシリーズが小さな断片しか残らなかったとしても、それだけで全体の素晴らしさがわかってもらえる、そんな作品ん描きたかったとバーン=ジョーンズは語っていたそうです。素敵ですね。

 

 

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

バーン=ジョーンズ

今日も生きてます。

 

第二次ラファエル前派が19世紀に流行っていた中世主義に影響を受け、中世の装飾写本を参考にしたり、中世が舞台の物語『アーサー王伝説』を絵のテーマにしていたということを前々回辺りから書いてます。

 

今回から個々のメンバーについて書いていきます。

 

今日はエドワード・バーン・ジョーンズについてです。

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エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ

1833-1898 

 

イギリスのバーミンガム生まれ。

額縁製造と塗金を専門とする職人の家に生まれます。生まれてから数日後に母親が亡くなってしまい、さみしい家庭環境で育ったようです。しかし「一人きりでも決して不幸ではありませんでした。いつも絵を描いていたから」と本人が言っていたように小さなころから絵を描いていました。

 

オックスフォード大学でウィリアム・モリスに出会い、聖職者の道を捨てて画家・デザイナーになることを決意します。 ウィキペディアエドワード・バーン・ジョーンズを調べると美術家と出てきます。(私の中では生粋の画家ですが)絵を描く以外にもデザインの仕事などをしていました。

 

そしてロセッティに出会い、オックスフォード大学学生会館討論室の壁画制作に参加します。

 

また友人のウィリアム・モリスが始めたモリス商会(デザインとモノづくりの会社)の仕事を一緒にこなしていました。

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エドワード・バーン=ジョーンズとウィリアム・モリス共作の『The Worship of the Magi』の窓、トリニティー教会

 

バーン=ジョーンズは最初ロセッティに絵を教えてもらっていましたが、ジョンラスキンと共にイタリア旅行に行き。ヴィネツィア派やミケランジェロ、マンティーニの研究をします。そこで作風も少し変わってきました。

(この時にカラヴァッジョにも遭遇しているに違いない!)

 

f:id:akashiaya:20180213055209j:plainエドワード・バーン=ジョーンズ『アーサー王最後の眠り』1898年

 

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『廃墟のなかの恋Love Among the Ruins

 

1877年にロイヤルアカデミーに所属しない作家の作品も展示するグローヴナーギャラリーというものが開設されました。そこで開かれた第一回展でバーン=ジョーンズの作品は展示され、多くの話題を呼びました。

 

そしてパリ万博で「欺かれたマーリン」が展示されると好評になり、だんだんラファエル前派の新しいリーダーとして認識されるようになります。

 
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欺かれたマーリン

 

成功の道を進んでいったバーン=ジョーンズはオックスフォード大学から名誉学位を授与したり、バーミンガム芸術家協会の会長になったりします。

 

1896年友人のウィリアム・モリスが亡くなると精神的な打撃を受け二年後にバーン=ジョーンズも亡くなっています。

 


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肖像画です。素敵です。


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この作品素敵すぎる…

 ギリシャ神話に水面に映る自分に恋してしまうナルキッソスの話があり、絵画作品もたくさんあります。上のヴィーナスの作品もそこからイメージを広げた作品かと思います。


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 下は連作です。

彫刻家が作った彫刻に女神がいのちをふきこみます。ピノキオですな。

 
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 下は落書き


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バーン=ジョーンズは眠り姫の連作が有名なのではないかと思います。

 眠り姫の場面を何枚かにかけて描いた連作です。城のなかでいろんな階級の人が眠る風景が描かれています。

 

 

今日はここまで。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

アーサー王の絵画

今日も生きています。

 

中世主義が流行った19世紀、イギリスではアーサー王伝説に注目が集まっていました。

中世主義の考えに共感していた第二次ラファエル前派はアーサー王伝説を主題とした絵を描いていました。

 

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1842年にはテニソンという詩人がアーサー王伝説に基づく「アーサー王の死」「ランスロット卿とヴウィネヴィア王妃」「ガラハッド卿」という詩を書き、それをおさめた詩集を出します。

1855年には出版業者のエドワード・モクソンがテニソンの詩集を出しますが、そのときにラファエル前派を中心としたメンバーが挿絵を務めました。

 

 

詩人ってどんな生活してるんでしょうか…外国だと普通なのかなあ。

 

 

また第二次ラファエル前派はオックスフォード大学学生会館討論室の壁画制作の依頼にもアーサー王伝説をテーマにして絵を描きました。しかし壁画知識に欠けていたため完成はしなかったそうです。

 

 

アーサー王伝説を読んでみたくなりました。

 

 

今日はここまで。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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アーサー王伝説

今日も生きてます。

 

 

 第二次ラファエル前派がよく絵のテーマにしたものがあります。それはアーサー王伝説です。私は子供のころ見たディズニーの「王様の剣」の印象が強いです。マーリンの衣装が灰色だったせいか暗いイメージがある。王様の剣はアーサーの子供のころの話ですね。

 

アーサー王伝説はイギリスの物語で、5世期頃からブリトン人(前ローマ時代にブリトン島にいた民族)の間で語り継がれてきた物語が、中世で様々な他の伝承ものみ込みながら一つの物語になっています。

 

15世紀末にはトマス・マロリーが中世フランスを中心に流布されていたアーサー王伝説に関する詩や散文を一つにまとめ上げた物語・「アーサー王の死」をでかします。

 

ちなみにこのトマス・マロリーは何をしていた人かはわかりませんが、強盗・強姦・羊泥棒・暗殺未遂などの罪で投獄されています。しかも二回脱獄しています。アーサー王の死は牢獄の中でも書いていたそうです。

これが真実ならこんなに騎士道精神が学べる本を書いてるのに全然騎士らしくないですね。しかしモノを作り出す人にありがちな異様な執着心を感じます。個人的には好きです。

 

1817年にはロバート・サウジーが刊行の途絶えていたアーサー王の死を編集・出版します。

 

 

 

アーサー王伝説あらすじ◎

ウィキペディアより

簡単に言うと無名の青年が敵を倒して王様になる話ですね。

 

ワールドカップってなんでカップなのかなあと思っていましたが、たぶんアーサー王伝説の聖杯からきてるんですね。アーサー王伝説の話を知っていると今ある映画や小説の話にも影響されていることがわかります。

 

第二次ラファエル前派の主要メンバーでもあったロセッティ、バーン・ジョーンズ、モリスのいきた19世紀は中世主義が流行りました。中世の騎士道を描いたアーサー王伝説も人気を集めました。

 

国の政策としてもイギリス帝国を維持する物語として歓迎されました。(しかしイギリス王室とアーサー王のモデルとなった英雄の血筋や民族が一致しているかは不明。)

 

少し長くなってしまいました。

今日はここまで。次回はアーサー王伝説を描かれた作品など紹介したいです。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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第二次ラファエル前派のインスピレーション

今日も生きてます。

 

1856年、第二次ラファエル前派と呼べるようなものが始まりました。

彼らはどのようなものからインスピレーションを受けて制作していたのでしょうか。

 

まずウィリアム・モリスバーン・ジョーンズ、ロセッティの第二次ラファエル前派は中世主義に深く傾倒していました。ラファエル前派を結成したミレイやハントも中世の絵画を手本としていましたが、第二次ラファエル前派はテーマも手法も中世から多くのヒントを得ています。

 

 

中世主義については↓を読んでください

ジョン・ラスキンーラファエル前派支援者ー - リアル絵描き日記

簡単に言うと中世って良いところもあったよね。というトマス・カーライルの思想です。19世紀には中世主義が流行っていたそうです。

 

 

そして第二次ラファエル前派は中世の装飾写本に影響を受けていました。

中世の装飾写本というのは聖書の内容に頭文字が装飾されていたり、挿絵がついていたりする本です。

画像はウィキペディアから借りました。

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こういうものですね。

 

 

ロセッティはラファエル前派を結成する前から装飾写本に親しみ、またパトロンでもあったジョン・ラスキンの中世のコレクションをみていました。

バーン・ジョーンズウィリアム・モリスはオックスフォード大学在学中にボードリアン図書館にある写本コレクションに魅了されていました。

 

作品をみると影響され具合がわかります。


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ロセッティにジョンラスキンを通じて宝石箱のデザインの依頼が来た時には中世の絵をそのまま模写しています。

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第二次ラファエル前派の作品は奥行が少なく平面的で装飾的な画面が多いですし、人物もぎこちないポーズが多いです。それは装飾写本の中でイニシャルの中に人物が窮屈に閉じ込められている模様を参考にしていたからかもしれません。

 

 

個人的にはこの奥行の浅い絵画空間に装飾を詰め込む感覚は自分の絵画に通じるところが多くあり、ロセッティの画集はことあるごとに開いていました。

画集が欲しい作家が多すぎる。

 

 

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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第二次ラファエル前派

今日も生きています。

 

虫がたくさん出てくる夢を見ました。目覚めが悪いです。いい夢を見ると目が覚めて夢かとがっかりしますが、悪い夢を見ると朝から疲れが…という感じになります。面白い夢が見たいな。

最近少しづつ気温が上がってきていて嬉しいです。春が恋しいです。

 

 

ラファエル前派の三人

ミレイはロイヤルアカデミーの会員になり人気画家になります。

ハントは取材のため中東に行き、信心深い絵を描いて行きます。

 

ロセッティはますます中世ににめり込んでいきます。そんなロセッティはのもとに二人の若者が集まります。

 

エドワー・バーン・ジョーンズ

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ウィリアム・モリス

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ウィリアム・モリスバーン・ジョーンズはジョン・ラスキンの著作を通じてラファエル前派に興味を抱いていました。二人はオックスフォード大学の学生で在学中から友人でした。二人とも聖職者を目指していましたが、芸術家になることを夢見るようになります。

 

そしてバーン・ジョーンズが芸術家になるためにロンドンに出たときに、ロセッティのアトリエを訪れます。そこでロセッティに画家になることを勧められます。後日ウィリアム・モリスにも絵を描く事を勧めます。

ロセッティがいなかったらこの二人がデザイン・美術史にいなかったかもと考えるとロセッティすごいですね。

 

 

 第二次ラファエル前派は絵画というよりも装飾という分野まで活動を広げていきます。

 

 

明日に続きます。

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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ラファエル前派⑥

今日も生きています。

 

ラファエル前派はロイヤルアカデミーの教えに反対し、画面に象徴的なモチーフを配置し、それぞれ細かい描写を現実に忠実に描いていました。

 

しかしミレイはアカデミーに出品を繰り返すうちに作品が好評になり、ついにロイヤルアカデミーの準会員になります。

 

ロイヤルアカデミーの教えに反対することから始まったグループだったのでミレイが準会員になるということはラファエル前派の組織の解体を意味しました。

 

ミレイは細かく描写していく画風から、だんだんロマンティックな雰囲気を重視した絵になっていきます。ミレイの家系は子だくさんだったので一枚に時間をかけて描いている暇がなかったのかもしれません。

オフィーリアは細密な描写の作品ですが、それ以降の作品には荒い筆使いの作品も多くみられます。

 

 

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ミレイ「黒きブロンズウィック騎兵隊員」

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ミレイ「秋の落ち葉」

 

 

ハントは中東のキリスト教の聖地に二年間の取材旅行に行きます。そして信仰に基づいた主題を絵にしました。中世のテーマからは離れましたがハントの画風は本当に細密です。

 

ハントにとっては描くという行為は信仰と同じだったのかなと思います。なのでラスキンの神がつくった自然を忠実に描くことが画家の使命というような考え方が最後までぶれなかったのかなー。そういう人もいるんだな。

 

 

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ハント「世の光」

 

 

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ハント「死の影」

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 ハント「シャロットの女」

 

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ハント「贖罪の山羊」

 

 

一方メンバーの一人であるロセッティはミレイやハントのように公募展に作品を出品しませんでした。顧客に対して少数の作品を制作していたようです。

うらやましい生活です。

 

中世主義からミレイとハントは離れていきましたが、ロセッティは違います。

むしろさらに中世の世界にのめり込んでいき、ロセッティを中心に第二のラファエル前派と呼ぶべきものが始まります。

 

 

 

今日はここまで。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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