【悪の芸術】絵画は悪者をどう表現するか?ー「聖ゲオルギウスと竜」に描かれたドラゴンたちを見てみようー
今日も生きてます。
前々回あたりから物語に登場する架空の生き物たちを、画家たちがどう試行錯誤(イメージ)して描いてきたか取り上げてきました。
前回までのブログ↓
其の一
楽園にいる手足のある蛇の謎ー見えないものをどう描くか?画家の試行錯誤の結晶(作品)①ー
其の二
とにかく不気味な怪物たち
伝説の中にはヒーローが出てきて悪者をやっつけるという英雄譚があります。
正義のヒーローはとにかくかっこよく描写されますが、それは悪者も同じで、退治される敵はとにか不気味にくキモく盛られて表現されます。
今日は、より「悪く」表現されたキャラクター達を取り上げます。
「聖ゲオルギウスとドラゴン」
ベルナ・マルトレル画 1434ー35年
画面の中央でカッコよくドラゴンを退治する騎士は、キリスト教の聖人「聖ゲオルギウス」です。怪物退治の伝説が有名な古代ローマ末期の殉教者です。
言い伝えでは3世紀後半にパレスチナのキリスト教徒の家庭に生まれた軍人でした。
302年にローマ皇帝が「ローマ軍のキリスト教徒をすべて逮捕してローマの神々に捧げなければならない」と政令を出したため、ゲオルギウスは逮捕されて棄教を強要されるますが、棄教せずに殉教しました。
絵画に描かれているのは聖ゲオルギウスが怪物退治をした逸話を描いたものです。
聖ゲオルギウスの怪物退治
舞台はリビアのシレーネ。
住人たちには近くの池を住処にし、田園地帯を汚染する毒を吐くドラゴンに悩んでいました。
人々はドラゴンに毎日2頭の羊と、男と羊、そして最後にくじで選ばれた子供と若者を生贄に差し出していました。
あるときくじで王の娘が選ばれてしまいます。
王はの金銀と引き換えに王女の身代わりとなってくれる人を探しましたが、そんな人いるわけもなく王女はドラゴンの餌となるために花嫁衣装をまとって湖に送られました。
そこに通りかかった聖ゲオルギオス。
ドラゴンが池から現れると、聖ゲオルギオスは十字を切ったあと、馬に乗ってドラゴンに突進し、槍でやっつけます。そして王女に腰帯を投げるように言い、それをドラゴンの首にかけるとドラゴンはおとなしくなりました。
聖ゲオルギウスは王女とドラゴンを連れて街に行きます。
街の人々は戦々恐々です。
そこで聖ゲオルギオスはキリスト教徒になるのであれば洗礼ドラゴンを殺すことを申し出ます。シレーネの街の住人と王は1万5000人がキリスト教に改宗しました。
その後、聖ゲオルギウスは剣でドラゴンの首を斬り落して殺し、ドラゴンの遺体を4頭の牛車に乗せて街から運び出しました。
王はドラゴンが死んだ場所に聖母マリアと聖ゲオルギオスの教会を建設すると、祭壇から泉がこんこんと湧き出て、その水はすべての病気を治癒しました。
ドラゴンを脅迫の道具にして改宗を強要した聖ゲオルギウス、すごい。
しかも大成功。
ベルナ・マルトレルが描いた絵に戻ります。
後ろの女性は王女、その後ろに広がる風景はシレーネの城や町が描かれています。ドラゴンや白馬の足元に散らばる骨は今まで生贄にされた犠牲者のものでしょう。
鎧の姿で華麗に表現されている聖ゲオルギウスと白くて美しい白馬とは対照的に、悪者であるドラゴンはどちらかというと不気味に表現されています。
ゲームの影響かもしれませんが、個人的にドラゴンはカッコよくて強いイメージありましたが、悪役のドラゴンとなるとそういう表現はされないようです。
この伝説は古くから絵や壁画の題材になっているので、他の作家がどのようにドラゴンを表現しているのか見てみましょう。
聖テオドロスと聖ゲオルギオス(9世紀または10世紀)
足元に退治されるドラゴンが描かれています。
蛇っぽい外見で、翼は無いようです。
聖ゲオルギウスと竜が描かれたフレスコ画
ドイツの自治体アンカースハーゲン、13世紀
竜よりも聖ゲオルギウスのお顔が気になる作品。
かわいらしいお顔だなあ…すきだ。
竜は細長い姿で描かれています。
聖ゲオルギウスが描かれたイコン
芸術が栄えたノヴゴロド公国、14世紀
身体の部分があまり詳しく描きこまれていない怪物。なんかぷにぷにしてそうな身体ですね。現代の感覚だとこの生き物はドラゴンと認識しにくいですね。
聖ゲオルギウスがまとっている鎧の細部は結構細かく描きこまれていますが、ドラゴンにあまり力がそそがれていないようにも思います。
七宝焼の聖ゲオルギオスのイコン
グレシア(ジョージア)、15世紀
竜の表現には珍しいカラフルな体の表現です。
絵画ではなくて七宝焼きだからかもしれません。
ミニアチュールに描かれた聖ゲオルギウスと竜
オーストリア、1477年頃
出典:File:Stundenbuch der Maria von Burgund Wien cod. 1857 Heiliger Georg.jpg - Wikimedia Commons
ミニアチュールとは本の写本などに施された挿絵や、小さな絵画に対して使用される言葉です。上の作品は挿絵です。
小さいながらも細かく描きこまれてすごいです。ドラゴンも蛇というより、翼の生えた怪物という現代のイメージに近いです。
ミニアチュールに描かれた聖ゲオルギウスと竜
オランダ、1460年ごろ
出典:File:15th-century painters - Folio of a Breviary - WGA15805.jpg - Wikimedia Commons
こちらもミニアチュールの挿絵に描かれた聖ゲオルギウスと竜です。
先ほどのドラゴンよりも質感などに不気味さが増しています。
Saint George and the Dragon. Russian icon
Anonymous Russian icon painter画(1500年頃)
ロシア北部のイコンです。
聖ゲオルギウスと退治される竜が描かれています。
太い蛇に翼が生えたような姿ですね。体には斑点のような模様が描かれています。
『アングレーム伯シャルルの時祷書』のミニアチュール
コニャック(1475年–1500年)
毛が生えた長い耳、体の棘、ぼつぼつの皮膚…ゲテモノというか、気持ち悪さがよく表現されたドラゴンです。全体的に細かく描かれていますが、ドラゴンのしっぽの先までぼつぼつが描かれているところに作者の几帳面さや主義を感じます。
『聖ゲオルギウスと竜』
油彩は細密な表現ができるので、ドラゴンが生々しく表現されています。微妙に長い首に黒いからだ。水かきのある手足…気持ち悪いですね。
実際いないのに変にリアル。
『馬上の聖ゲオルギウス』
Circle of Lucas Cranach the Elder、1512年
飛び出た目玉、肌の質感、腹部の謎の突起…私たち人間が生理的に嫌悪してしまうようなものを集めたようなドラゴンです。
血も流れていてちょいとグロテスクです。
『偉大なる聖ゲオルギウス』
ギリス・コイグネット画、1581年
この作品の怪物も気持ち悪いですね。
気持ち悪い表現ですが、肌の質感まで細かく描かれていることや、ドラゴンのそれぞれの部位まできちんと気が配られていて、画家の愛は注がれている気がします。
それよりこの作品は聖ゲオルギウスの顔が描かれていないのが気になります。鎧も盾でほとんど隠れているし。
白馬と王女(裸)が一番目立つ構図ですよね。
『ドラゴンに勝利した聖ゲオルギウス』
マティア・プレティ画、1678年
描かれている面積は少ないものの、一目見たときの気持ち悪さのショックは大きいです。
時代が進んで細かく描写できる画材が発明されると、ドラゴンの気持ち悪さがどんどん誇張されていったように感じます。
聖ゲオルギウスはキリスト教の聖人なので、絵画には信者に示す「教え」としての役割もあったと思います。そういう場合、退治されるべき「悪者」は視覚的に「悪く」表現される必要があったのかなと思います。
聖ゲオルギウスが子猫や子犬のようなかわいらしいものを倒していたら、鑑賞者はもしかしたら子猫子犬に感情移入してしまうかもしれません。
しかしドラゴンを実際に観察して描くことは不可能です。作品によって画家が思う「ワルイ奴」「悪者」が描かれています。
肌の質感や、体の色や模様、ドラゴンの顔の表情など…描かれた不気味なイメージを見ると、こういうものが人間にとって気持ち悪いという感情を引き起こすものなんだなあとしみじみ(?)してしまいました。
すこし長くなってしまいました。
今日はここまで。
最後まで読んでいただきありがとうございました。