一夜で編まれた?!極楽往生の世界ー当曼陀羅ー
今日も生きてます。
骸骨を描いてます。
参考に骨格模型を購入しようかなあと悩んでいたところ、骨格の3Dをどの角度からでも見ることができるアプリを発見!
便利な世の中になったなあ。
さて、今日も「マンガでわかる「日本絵画」のテーマ」(誠文堂新光社 監修矢島 新)を読んでます。
昨日は曼陀羅とはナニ?という界でした。
もともとは密教の宇宙観を表現したもので、日本には最初に空海が唐から伝えました。
それがもとで密教以外の絵画にも曼陀羅の形式が使われるようになります。
今日はその中のひとつ、「当麻曼陀羅」(たいままんだら)について見ていきます。
綴織当麻曼荼羅図
当麻曼荼羅図に描かれている内容は、密教の教えとは全く関係ありません。
描かれているのは極楽往生の世界です。
当麻曼陀羅ができた背景には中将姫の伝説があります。
⚫中将姫って誰?
藤原鎌足の曾孫である右大臣藤原豊成とその妻の娘として生まれます。
母親は中将姫が5歳の時に亡くなってしまいます。
美貌と才能に恵まれた中将姫でしたが、継母である照夜の前に憎まれるようになります。
盗みの疑いをかけられての折檻などの虐待を受けるようになります。
中将姫14歳、豊成(おとん)が出張にでると、照夜の前は家臣に中将姫の殺害を命じます。
怖いですね。
家臣が中将姫を殺害しようとすると、中将姫は命乞いをしません。
そして亡き実母への供養を怠らず、極楽浄土へ召されることをのみ祈り、読経を続ける中将姫を家臣は殺害することができません。
そして雲雀山の青蓮寺へと中将姫を隠しました。
翌年、豊成(おとん)が見つけて連れ戻します。
そして中将姫は『称讃浄土佛摂受経』1000巻の写経をしました。
(すごいな…)
中将姫16歳、淳仁天皇より後宮へ入るように望まれるますが、これを辞退します。
そして當麻寺へ入り尼になりました。
29歳で亡くなります。
⚫中将姫の伝説
そして當麻寺で尼になった中将姫ですが、そこで伝説を残します。
これが当麻曼陀羅の由来です。
1000巻の写経をした中将姫は日の沈みかけた西の空に阿弥陀如来と極楽浄土の光景が浮かびあがるのを見ます。
そして導かれるように當麻寺で出家し、ひたすら極楽浄土を願います。
蓮の茎を集めよ…
というお告げを聞き、蓮の茎の糸を取り出し、観音の助力を得て一夜にして「当麻曼荼羅」を織り上げました。
そして姫が29歳の時、生身の阿弥陀仏と二十五菩薩が現れ、姫は西方極楽浄土へと旅立ちました。
中将姫が織り上げた當麻寺の当麻曼陀羅は縦横4メートルの大きなものでしたが、鎌倉時代になると原画を小さくした転写本が出回り、日本全国で大流行しました。
みんな死んだらどうなるか知りたかったんでしょうね。
明日に続きます。
今日はここまで。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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