小栗判官と照子姫
今日も生きてます。
前回は浄瑠璃の演目、「妹背婦女山庭訓山の段」の内容について触れました。
(妹背婦女山庭訓山の話↓
歌舞伎や人形浄瑠璃で、悲劇のラストシーンはどう表現されているか気になり、歌舞伎の動画がYouTubeにあったので確認してみました。
浮世絵の構図と同じように舞台のセットが組まれていました。
(吉野川を挟んで敵対する両家の家。川越しに愛を育む女性・雛鳥と、男性・久我之助。)
そして問題のラスト、雛鳥の首を吉野川へ流すシーン。
私はてっきり雛鳥の首を直接川へドブンと流しているのかと思いきや…きれいな布で包んで流していました。
ひどい描写のシーンを想像していたのですが、そんなことはなかったです。
さて、今日も浄瑠璃の世界を表現した浮世絵を紹介します。
真ん中にすごい形相の異形のものたちがいますね。
向かって右下にいる人間たちの大きさと比較すると彼らの大きさがわかります。
これは絵巻物の題名でもあるように「小栗判官」という演目を画題に描かれています
⚫小栗判官とは?
時代は室町時代です。
主な舞台は熊野。
主人公は小栗判官
ヒロイン照子姫。
二人のラブストーリーです。
あらすじ
京の名家・公卿二一条兼家の跡継ぎである小栗判官は、妻を探していた。
そんな中、ある日若く美しい姫に変身した大蛇と関係を持ってしまう。
その事が都で噂となり、父親に勘当されてしまう。
常陸の国へ追いやられた小栗は、美女・照手姫のことを聞き、まだ見ぬ照手に恋い焦がれ、恋文を送る。
照子姫からの返事を受け取った小栗は照手姫の館に押し掛け関係を持つ。
照手姫の父・横山は無断で結婚したことに怒り心頭。
小栗とその家来を殺してしまう。
そして照手姫を淵に沈めてしまうよう息子たちに命じる。
しかし息子たちは沈めることはできず、照手姫を川に流し去った。
その後照子姫は相模国に流れ着き、人身売買され美濃国青墓の遊女宿に行き着く。
貞操を守るため、遊女になることを拒み、そこで水仕女として苛酷な労働の日々を重ねた。
一方小栗とその家来たちは、閻魔大王から判決を受けていた。
閻魔大王は小栗を助けてほしいという家来たちの懇願を受け、「この者を僧に渡すので、熊野本宮の湯の峰に入れて本復させよ」と記した札を小栗にかけ裟婆へ戻した。
目も見えず口もきけない餓鬼の姿で塚から這い出た小栗を、僧が見つける。
札を読んだ上人は、小栗を「餓鬼阿弥」と名付けた。
そして「この者を一引きすれば干僧供養、二引きすれば万僧供養」と胸札に書き加えて土車に乗せ、東海道を熊野へ向かわせた。
餓鬼阿弥は人々に引かれ、照手のいる美濃国にやってきた。
照手姫は小栗の供養に土車を引きたいと、わずかな休暇をもらい、それが小栗だとは気づかないまま、大津まで引いた。
照手は「本復されたら美濃国青墓の宿の常陸小萩を訪ねて下さい」と餓鬼阿弥の胸札に書き添えて帰っていった。
餓鬼阿弥はさらに進み、四百四十四日日「熊野本宮のの峰に辿り着いた。
湯治すること四十九日、餓鬼阿弥は元の雄々しい小栗の姿に蘇ったのである。
都に戻った小栗は、帝から美濃国を拝領し国守となった。そして照手の働く遊女宿に上がる。
こうして二人は再会し幸せになった。
↑歌川貞虎画「小栗判官助重と山崎軍平」
困難を乗り越えて二人が結ばれるラブストーリーです。
個人的には閻魔様のくだりや、餓鬼の姿になってシャバに戻るところが好きです。
この話は歌舞伎や人形浄瑠璃の演目でもありますが、元は「説教節」(せっきょうぶし)という神仏の縁起や教えをテーマにした語りものです。
『人倫訓蒙図彙』(元禄年間)門説経
この説教節は江戸の頃特に人気を博したそうです。
結構長く話すことになるんじゃないだろうか…?実際語っているところが気になりますね。
きょうはここまで。
最後まで読んでいただきありがとうございました。