魔除けの鍾馗
今日も生きてます。
(肉筆画=版画ではなく手書きの作品)
髭面のおじさんが頼もしいポーズで描かれています。
もちろん題名の通り、彼の名は「鍾馗」(しょうき)。
魔除けとして版画や肉筆画のモチーフになりました。
全体的に赤い色調なのは赤い色が疱瘡除けになると考えられていたからです。
⚫鍾馗って誰?
どうしてこの髭面のおじさんが魔除けとして描かれるようになったのか、実は唐に実在した人物がモデルとされています。
玄宗は高熱のなかで夢を見ます。
宮廷内で小鬼が悪戯をしてまわるが、どこからともなく大鬼が現れて、小鬼を難なく捕らえて食べてしまうのです。
玄宗が大鬼に、誰かと尋ねます。
大鬼は答えます。
「私は鍾馗。官吏になるため科挙を受験したが落第し、そのことを恥じて宮中で自殺しました。だが皇帝は自分を手厚く葬ってくれたので、その恩に報いるためにやってきました」
目が覚める玄宗皇帝。
病気が治っていることに気が付きます。
その絵は、玄宗が夢で見たそのままの姿だったそうです。
その後、厄除け、魔除けとして鍾馗図を飾る風習が生まれました。
↑は国宝『辟邪絵 鍾馗』
辟邪絵(へきじゃえ)というのは病気を引き起こす鬼を退治する善神を描いた絵のことです。
⚫日本での鍾馗
日本では疱瘡除けや学業成就にご利益があるとされ、端午の節句に絵や人形を奉納します。
中国と同じく鍾馗の図像はの魔除けになるということで、旗、屏風、掛け軸として飾りました。
端午の節句の飾りと共に縁起物などが描かれています。
鍾馗が描かれた旗が描かれています。
↑はセリフが書き込まれた漫画のような錦絵。
向かって画面右奥の旗に鍾馗がいたであろう影がかかれた旗があり、画面向かって左側には旗から抜け出た鍾馗が鬼をこらしめています。
↑は鈴木春信「鍾馗と美人」
この細長いかたちは柱に飾るためのもの。
崖の上で鍾馗が手紙持たせた小鬼を吊り下げて美人に届けさせようとしています。
顔は強面、恋愛は奥手。
⚫屋根の上の鍾馗
江戸時代末ごろから関東で鍾馗を五月人形にしたり、近畿で魔除けとして鍾馗像を屋根に置く風習が見られるようになったそうです。
京都市内の民家などでは、今でも大屋根や小屋根の軒先に10 - 20cm大の瓦製の鍾馗の人形が置いてあるのを見かけることができます。
シークヮーサーみたいだ。
じゃない、シーサーみたいだ。
受験失敗が恥ずかしくて自殺しても、その後神様になることあるんですね。
今日はここまで。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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