あやしい松岡映丘
今日も生きてます。
そういえばもう7月です。
皆様いかがおすごしでしょうか?
私は木を彫ったり絵の具を塗ったりして過ごしています。
つまり…平常運行です。
さて、今日も「あやしい美人画」(東京美術 松嶋雅人著)を読んでます。
きょうの一枚↓
松岡映丘(まつおかえいきゅう)の「伊香保の沼」です。
真ん中の女性の表情や、周りの景色から、ただならぬ雰囲気がビシビシ伝わってくる作品です。
何となく演出がアニメっぽいというか、雰囲気が映像っぽいなあと思うのは私だけでしょうか?
作者の松岡映丘(1881-1938)は、兵庫で医者を生業とする家系に生まれました。
後列左が若き日の松岡映丘
後列右が柳田國男
狩野派の橋本雅邦(半年のみ)や、土佐派の分派である住吉派の山名貫義に学びます。
そこで本格的に大和絵の歴史や技法、有職故実(朝廷・公家・武家の儀典礼式や年中行事など)を研究するようになります。
在学中は歴史風俗画会に参加しました。
卒業後は神奈川女子師範学校の教諭を務め、明治41年、東京美術学校の同校助教授に就任します。
1912年の文展で初入選し、以後官展を舞台に活動します。
絵の制作だけではなく、『絵巻物講話』や『図録絵巻物小釈』を著し、1929年には『日本絵巻物集成』や『日本風俗画大成』の編纂を行いました。
1935年、映丘は長年勤めた母校東京美術学校を辞めます。
同年9月に門下を合わせ「国画院」を結成しました。
1938年に56歳で亡くなります。
絵に描かれているのは群馬県の榛名山にある榛名湖に伝わる伝説を描いたものです。
「木部姫伝説」と呼ばれるもので、戦国時代の武将木部範虎の妻が武田軍との激戦の中に敵の手に落ちるよりはと榛名湖に身を投げ龍神となったという話です。
絵の中にはこの後に湖に入ってしまうであろう木部姫の姿が描かれています。
柳田國男に兄弟いたんだ!と思ったら五人兄弟でした。
しかも、兄は医師の松岡鼎、医師で歌人・国文学者の井上通泰(松岡泰蔵)、民俗学者の柳田國男、海軍軍人で民族学者、言語学者の松岡静雄…
皆立派ですね。
松岡映丘は末っ子だそうです。
愛国精神をきちんと教育の中にいれてたんでしょうね。
伊香保の沼ですが、個人的にはアニメのワンシーンに見えます。 悪い意味ではなく。
映像化してほしいですね。見てみたい。
今日はここまで。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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