あやしい河鍋暁斎
今日も生きてます。
朝テレビを見ていたら昨日はエッシャーの誕生日であった!ということを知りました。
以前上野でやっていたミラクルエッシャー展の図録を持っています。
お気に入りでよく眺めます。
最近合わせてよく見るのはマグリットの図録です。
展覧会の図録は気になった場合購入しますが、意外に文章の説明部分を読んでいないことが多々あるので、気になる作品や気になるところをつまみ読みしてます。
ジョジョの奇妙な冒険の中でエッシャーの図像を参考にしたコマがあるそうです。
エッシャーの影響力に驚きますが、とりいれた作者の荒木飛呂彦さんもすごいな。
さて、今日もあやしい美人画(東京美術 松嶋雅人著)を読んでいます。
今日の一枚↓
これは「河鍋暁斎」の「地獄太夫がいこつの遊戯の夢を見る図」です。
まずモチーフななっている「地獄太夫」とは、室町時代にいたとされる遊女です。
この浮世絵が制作されたのは明治7年なので、作者の河鍋暁斎が実際に遊女を見たわけではなく、地獄太夫の資料から制作したものと思われます。
地獄太夫のことが記されている文献は『一休関東咄』や『本朝酔菩提全伝』です。
『一休関東咄』は寛文5年(1665)に刊行された一休和尚の逸話集です。
そして『本朝酔菩提全伝』は文化6年(1809年)に刊行された読み物です。
地獄太夫がどんな人かというと、
山賊にとらわれたが美貌のため遊女に売られ、現世の不幸は前世の戒行が拙いゆえであると自らを地獄太夫とした。そして地獄変相の図柄の着物を着ていた。
というような人のようです。
地獄太夫という名前がキャッチ―ですが、その由来も人を惹きつけますね。
地獄太夫は一休和尚と会い、歌をおくり合い、その後師弟関係を結び悟りを得たといいます。
その歌のおくり合う様子も人を惹きつけるものとして魅力的なんですよね。
おそらくエピソードのほとんどは創作であろうと思われますが、それでもなお多くの絵師を惹きつけ、絵の題材になっています。
浮世絵師歌川国芳や狩野派に学び、戯画・風刺画で人気を博します。
一日中画帖を片手に貧乏長屋を徘徊し、喧嘩口論を探して歩いた。
梅雨の長雨による出水時に神田川で拾った生首を写生し、周囲を吃驚させた。
火事で火消し屋敷も消失してしまうとき、火事の写生をしていた。
といったような逸話があります。
いろいろな流派・画法を貪欲に取り入れ、自らを「画鬼」と称したそうです。
地獄太夫描きたくなりますね。
よく考えたらうちのピアノの前に飾ってるのも地獄太夫の絵でした。
今日はここまで。
最後まで読んでいただきありがとうございました。